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ひなたぼっこ

2019 / 02
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自分力ワーク

2019/02/21(Thu) 01:09
事の始まりは 東京ワークだったのかな と思う
あの時感じた桁違いの優しさ

その後不安が極まった時 自分の中に感じた たぶん愛

その後 気になることがあった
シェア会で すごく理論的に話していた事
仲間の一人がぽつりと言った「難しいこと言うな」が心に残る

それから 師匠から送られてきた シェア会の報告への返信
「マインドの肯定的在り方を超えた在り方」

そしてあることを通して 悶絶することになる
感じて出てきたのは 頭を使う私だ

今まで私がしてきたことが 無駄だったことを認めたくなくて
今まで私がしてきたことが 間違っていたことを認めたくなくて
強く反発していたことに気づく

気づいたら楽になった ここからまた始めるしかしゃあないな と

からの今日の個人セッションへの同席

それでも私の頭は働く そして気づいた
頭は 知らないこと わからないことが怖い
ハートマインドに任せることが怖いんだ

だけど 頭を使っていると 愛は限定された小さなものになってしまう
たぶん 私は愛だ の愛は 愛の一部でしかなかったと思った
師匠が話していることを 頭の中の小さな枠の中のものに当てはめて
自分が知っていることにしたがる

だから信じてハートマインドに任せるしかない
そこにしか 私の求める確かなものは無い そう思った



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意図

2019/02/16(Sat) 21:08
娘を受験に送って行っていた時
緊張をやわらげるために 色々話をしていた

数学系が好きだったわたし違い 国語が得点の要となる娘が 面白いことを言っていた
古文や漢文の文法的なことはよくわからないのだと

じゃあどうやって解いてるの? と聞くと
全体のニュアンスを掴み取っている って
そうすると なんとなくわかる って


私は愛だ の一件から めずらしく急に気になって 老子 を読んでいる
その中に 自然のはたらきの中にあるなにか が師となる と書かれている

ちょっとニュアンスが違うけど
ものごとをちゃんと見ていると そこに意図が見えてくる気がした

短いスパンでの意図 長いスパンでの意図 その集合体での大きな意図
すべては偶然起こっているのではなく その意図の中にある

昔 私は国語が嫌いだった 単純な算数や入り口の数学が好きだった
わかりやすく答えがあったから

そんな 答えがあるんだか無いんだかわからないような 雲を掴むような国語が苦手だった
だけど 今そこにあると感じている意図は 国語的なものではあるけれど
私が思っていたような 答えがあるんだかないんだか ってものではなく

数学のように ビシッとこれが答えだったんだ! と感じることが出来るもののように感じている

いや まだなんも見えてませんけどね
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サクラサク

2019/02/16(Sat) 03:22
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娘の一番望んでいた先に 進学が決まりました

この前 公園に行った時 見つけたこの花は なんだろう? 梅かな?葉っぱが無くて花だけ咲いてた
そう言えば 桜や梅の木って 葉っぱより先に花が咲くな〜と

前年に貯めたエネルギーが 一気に芽吹くのかな
この花を見つけたのも 象徴だったのかな

今回も 色んな形で 沢山のサポートをいただきました
娘はものすごくいい顔で笑っていました 心からの感謝を送ります

ありがとうございました


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信頼

2019/02/15(Fri) 01:19
本日はシェア会
続けていた 私は愛 の感覚が 日常の自分と乖離しているような感覚があって
これは 自分と向き合うことをしないために それをしているのでは? という疑惑が湧いてきた

なんとも中途半端な状態でのシェア会だったけど
きっと誰かの話の中に 何かヒントがある そう思っていた

だから今日は 人の話を聞く気満々だったから シェアは最後の方になるだろうな と思っていた
思っていたけど なぜだか2番手に話す流れが来てしまった
その時はなぜだろう? と思っていたけど 今は完璧だったなと思っている

まだ 何も糸口が見つからない状態でシェアをしたことで 今の自分の状態が整理されたんだと思う
その状態のところに 仲間のシェアが入ってきた

自分が出来ていることを認識する

私は 私は愛 の状態が 自分の日常とは切り離された状態のように思っていたんだ と気づいた
日常の自分は そんなところから 全く切り離された状態だと

でも そうじゃなくて 私は愛 の自分でしてきたことは 確かにあった と思った
だとすれば 私は愛 のところに何度もたちかえることは
日常で そう在ることを助けて行くだろう と思った

そして 切り離していたことで 私は愛 が 否定性を受け止めることになんも助けになんない
逆に否定性と向き合わない為に ふわふわした感覚に逃げているんじゃないかと思っていたのが
自分がそう在ることを選択出来ていた と気づいたことで 自分への信頼という 確かなものとして感じられた

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なに?

2019/02/14(Thu) 04:38
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一昨日 引きこもりに行き詰まって ふと 今日は豚汁つくろうと思い立ち買い物に出たら
なんだか家に帰りたくなくて そのまま公園に向かう

芝生に座って 私は愛だ を繰り返していると
あぁ そうだ 私はこの肉体 この小さな自我でもなく 愛だったな と思い出す

大いなる全ても愛で 私はその一部で みんなもそうで すべては完璧で ニュートラルで
少し肯定的で
日常生活の中で 狭い視野になっていたんだな と思う

で なるべく 気づいたら 私は何だったのか? にたちかえるようにしている
それが 日常生活の中に どう作用するのかわからないけど
なんだか少し昔を思い出す

宇宙の外はどうなっているのか
なんで生まれてくるのか どこから発生してくるのか 死んだらどうなるのか 私はどこにいっちゃうのか
そんなことを子供の頃考えていたな って

昔 私は誰? who am I ? って問いを毎日自分にするといい って聞いたことがあって
訳わからず しばらくやってたことがあった
私は愛だ ってやってて感じたのは
私は誰? でなく 私は何? のがしっくりくるな って

私もだけど この見えている世界も何だろう? って問う
そうすると 見えなかったものを感じる気がする

で 豚汁作りましたよ ちゃんとした豚汁大量に 3日分くらいある
それが台所にあると思うと幸せ



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プロフィール

hi ro ko

Author:hi ro ko
自分とは何か どうしたら幸せになれるのか
そんな思いから 2008年 ライフビジョンワークス坂下宏光氏に師事
自分を知り ワクワクすることに従うことで人生が開けてくることを信じ
2008年 ガラス制作活動も開始

ものにも意識がある 制作者のエネルギーがのる
日々の暮らしと 制作を通して 自分を調和・統合し
共鳴を生む作品を目指し
現在イベントへ出店しながら 制作活動を続けています
HP http://sorairoglass.jimdo.com/

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